大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所姫路支部 昭和57年(ワ)299号 判決 1986年12月08日

原告

藤野利勝

原告

藤野照代

原告

鈴木政治こと

金昌律

原告

鈴木瀧子こと

朴瀧子

原告ら訴訟代理人弁護士

水田博敏

被告

安田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

宮武康夫

被告訴訟代理人弁護士

安藤猪平次

今後修

右安藤猪平次訴訟復代理人弁護士

長谷川京子

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告藤野利勝及び原告藤野照代に対し各金一二〇〇万円を、原告金昌律及び原告朴瀧子に対し各金一五〇〇万円をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(当事者の地位)

原告藤野利勝(以下原告利勝という)及び同藤野照代(以下原告照代という)は訴外亡藤野高平(以下高平という)の権利を二分の一宛相続した父母であり、原告金昌律(以下原告昌律という)及び同朴瀧子(以下原告瀧子という)は訴外亡鈴木重男こと金重男(以下重男という)の権利を二分の一宛相続した父母である。

2(交通事故の発生)

高平は昭和五六年九月一二日午後九時ころ自家用小型乗用車(姫路五六せ四九〇三、以下本件自動車という)を運転中、過失により交通事故を起こし、これにより運転者高平及び同乗者重男はいずれも同日死亡した。

3(被告の責任)

(一)(保険契約の締結)

被告は、訴外曽根きよみとの間に昭和五六年四月三〇日本件自動車について同人を被保険者(以下記名被保険者という)とし、保険期間を同年五月五日から一年間、対人賠償保険金額を一億円、自損事故保険金額を一四〇〇万円、搭乗者傷害保険金額を一〇〇〇万円とする自家用自動車保険契約を締結した保険者である。

(二)(高平関係)

(1) 高平は、前記事故当時、本件自動車を運転し、かつ本件自動車の正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗していたものであつて被保険者に該当する。

(2) 従つて、保険者である被告は前記保険契約に基づき被保険者である高平の相続人原告利勝及び同照代に対し後記4(一)の損害金の範囲内である保険金二四〇〇万円の二分の一宛各一二〇〇万円を支払う義務がある。

(三)(重男関係)

(1)(対人賠償関係の被保険者高平の重男に対する損害賠償責任)

本件自動車の登録名義人は曽根きよみであるところ、高平は曽根きよみの承諾の下に本件自動車を運転中であつたから対人賠償の関係では高平は被保険者に該当し、かつ高平は自動車の運行供用者として同乗者である被害者重男に対して後記4(二)の損害を賠償する義務があり、かつ後記のとおり被害者から直接請求できる場合であるから、保険者である被告は重男の相続人原告昌律及び同瀧子に対しこれを支払う義務がある。

(2)(直接請求)

(イ)((自家用自動車保険普通保険約款(以下約款という)一章六条二項(1)号該当))

本訴訟において、被保険者高平の相続人である原告利勝及び同照代が重男の相続人に対して負担する損害賠償額についても同時に確定されるから、右条項の「被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償額について、被保険者と損害賠償請求権者との間で、判決が確定したとき」に該当する。

(ロ)(約款一章六条二項(3)号該当)

原告昌律及び同瀧子は、被保険者である高平の相続人原告利勝及び同照代並びに記名被保険者である本件自動車所有名義人曽根きよみに対し損害賠償請求権を行使しないことを書面で承諾しているから、右条項の「損害賠償請求権者が被保険者に対する損害賠償請求権を行使しないことを被保険者に対して書面で承諾したとき」に該当する。

従つて、いずれにしても被害者が保険者である被告に対して直接請求し得る場合に当たる。

4(損害)

(一)  高平関係

(1) 高平の逸失利益

高平は死亡当時一八歳であつたからその稼働可能年数は四九年と推定され、同人の収入は昭和五五年賃金センサス男子労働者学歴平均月額二二万一七〇〇円、年間賞与七四万八四〇〇円を基準にして年五パーセントのベースアツプを加算し、これから生活費二分の一を控除し、ホフマン方式(係数二四・四一六)により中間利息を控除して算定すると現価は四三六九万五三六一円である。

原告利勝及び同照代はこれを各二一八四万七六八〇円宛相続した。

(2) 慰謝料

高平及びその父母である原告利勝、同照代が受けた精神的苦痛は甚大であり、これを慰謝すべき金額としては合計一〇〇〇万円を下らない。

原告利勝及び同照代は高平本人の慰謝料を二分の一宛相続しこれに各自の慰謝料を加算した金額は各五〇〇万円である。

(3) 葬儀費用

葬儀費五〇万円を原告利勝及び同照代が各二五万円宛負担した。

(4) 従つて、原告利勝及び同照代の損害金は合計各二七〇九万七六八〇円である。

(二)  重男関係

(1) 重男の逸失利益

重男は死亡当時一七歳であつたからその稼働可能年数は四九年と推定され、同人の収入は昭和五五年賃金センサス男子労働者学歴平均月額二二万一七〇〇円、年間賞与七四万八四〇〇円を基準にして年五パーセントのベースアップを加算し、これから生活費二分の一を控除し、ライプニッツ方式(係数一七・三〇三六)により中間利息を控除して算定すると現価は三〇九六万六八六八円である。

原告昌律及び同瀧子はこれを各一五四八万三四三四円宛相続した。

(2) 慰謝料

重男及びその父母である原告昌律、同瀧子が受けた精神的苦痛は甚大であり、これを慰謝すべき金額としては合計九〇〇万円を下らない。

原告昌律及び同瀧子は重男本人の慰謝料を二分の一宛相続しこれに各自の慰謝料を加算した金額は各四五〇万円である。

(3) 葬儀費用

葬儀費五〇万円を支出し、これを原告昌律及び同瀧子が各二五万円宛負担した。

(4) 従つて、原告昌律及び同瀧子の損害金は合計各二〇二三万三四三四円である。

5 よつて、被告に対し、原告利勝及び同照代は保険金(保険種目は自損事故及び搭乗者傷害)各一二〇〇万円を、原告昌律及び同瀧子は請求し得べき損害賠償金の内金各一五〇〇万円(保険種目は対人賠償)の支払いを求める。

二  被告の認否及び主張

1  請求原因に対する認否

(一) 請求原因1項の事実は不知。

(二) 同2項の事実は認める。

(三) 同3項(一)、(二)(1)の事実は認める。

同(二)(2)は争う。

同(三)(1)の事実中、本件自動車の登録名義人が曽根きよみであることは認め、その余の主張は争う。曽根英明は高平に対して本件自動車を譲渡しており約款一章三条一項(3)号にいう承諾があつた場合に当らない。

同(三)(2)の(イ)は争う。

(四) 同4項の事実は不知。

2  抗弁

(一)(本件自動車の譲渡による免責)

本件自動車の所有者は、同車の登録名義人曽根きよみの子である曽根英明であるところ、同人は昭和五六年九月一一日高平に対して同車を代金四〇万円で売却する旨の契約(以下本件売買契約という)を締結し、翌一二日午後七時ころ内金二〇万円の支払いを受け、本件自動車を高平に引き渡した。ここに、本件自動車の所有権及び運行支配は高平に移転した。

前記約款六章五条一、二項は、被保険自動車が譲渡された場合にあつては当該保険契約によつて生ずる権利及び義務は譲受人に移転せず、保険会社は被保険自動車の譲渡後に当該自動車について生じた事故に対して保険金を支払わない旨明記している。

従つて、被告には保険金支払義務はない。

(二)(無承諾運転)

前記のとおり、曽根英明は高平に対して本件自動車を譲渡し同車に対する運行支配を失つており、前記事故は無承諾運転中の事故といわざるを得ない。そうすると高平の死亡に関しては約款二章三条一項(3)号、四章二条一項(3)号により被告は保険金支払義務を免除される。

(三)(原告金昌律及び同朴瀧子の直接請求について)

約款六章二四条(2)号は損害賠償請求権者の被保険者に対する損害賠償請求権が時効により消滅したときは直接請求権の行使はできない旨明記しているところ、重男(相続人原告昌律及び同瀧子)の高平に対する損害賠償請求権は、前記事故発生日である昭和五六年九月一二日から三年を経過したことにより、時効により消滅した。被告は本訴において右時効を援用したから原告昌律及び同瀧子は本件について直接請求権を行使し得ない。

(四)(重男関係の損害額について)

(1) 重男は前記事故当時、本件自動車に無償で同乗してドライブを楽しみ、高平が免許取得後間もなく運転技術が未熟であることを承知のうえ、時速一〇〇キロメートル以上のスピード走行を容認し同乗していたのであるから、好意同乗の例に従い衡平の理念に基づいて損害額の三〇パーセントを減額すべきである。

(2) 原告昌律及び同瀧子は昭和五七年二月二四日千代田火災海上保険株式会社から前記事故により二〇〇〇万一三〇〇円の強制保険金を受領し相続分に応じて充当しているので、損益相殺されるべきである。

三  原告らの認否及び主張

1  抗弁に対する認否

(一) 抗弁(一)項の事実は認める。

(二) 同(二)項は争う。

(三) 同(四)項(2)の事実中、原告昌律及び同瀧子が被告主張の強制保険金を受領した事実は認めるが、損益相殺の主張は争う。右保険金は傷害保険金及び死亡保険金の合計額であつて、本訴請求は死亡損害賠償である。

2  再抗弁(抗弁(一)項について)

高平の法定代理人母原告照代は、昭和五六年九月一二日午後九時前、高平が本件売買契約当時一八歳の未成年者であることから、電話で曽根英明に対し、本件自動車を引き取つてくれるよう連絡することにより右売買契約を取り消す旨の意思表示をし、その後間もなく法定代理人父原告利勝もこれを追認しその意思表示は相手方に到達した。従つて、右取消により売買の効力は遡及的に消滅し、約款六章五条一、二項にいう被保険自動車の譲渡は当初に遡つて無かつたことになるので、被告は免責されない。

四  再抗弁に対する被告の認否及び主張

1  再抗弁事実中、原告照代が、昭和五六年九月一二日午後電話で曽根英明に対し、本件自動車を引き取るよう伝えたことは認めるが、その余は否認する。右意思表示は取消の意思表示ではないし、原告照代が電話をした時間は同日午後一〇時過ぎである。また、原告利勝や同照代は、前記事故後本件自動車の残代金二〇万円や任意保険の残存期間に対する保険料五万円を曽根きよみに支払つており、本件売買契約を取り消す意思はなかつた。

仮に、原告ら主張の取消の意思表示がなされたことが認められたとしても、本件自動車が高平から曽根英明に返還されない限り、譲渡の効果は消滅せず、被告は免責される。

すなわち譲渡といえるためには所有権を移転する意思表示のほかに引渡しにより当該自動車に対する現実の支配が移転することを要すると解すべきであると同様に、譲渡契約の取消による効果、つまり保険契約上の効果が復活するためには、単に取消の意思表示だけでは足りず現実に当該自動車が返還され、現実の運行支配が旧に復することを要すると解すべきである。

2  再々抗弁

高平は本件自動車の譲り受けに際し、曽根英明に対して父母の同意を得ている旨詐術を用い、同人をしてその旨誤信させていた。

従つて、その行為を取り消すことができない。

五  再々抗弁に対する原告らの認否再々抗弁事実を否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一1(自動車保険契約と交通事故の発生)

曽根きよみは被告との間で昭和五六年四月三〇日本件自動車につき記名被保険者を自動車の登録名義人である曽根きよみとし、保険期間を同年五月五日から一年間、対人賠償保険金額を一億円、自損事故保険金額を一四〇〇万円、搭乗者傷害保険金額を一〇〇〇万円とする自家用自動車保険契約を締結したこと、昭和五六年九月一二日午後九時ころ高平が本件自動車を運転中過失による交通事故を起こしこれにより運転していた高平及び同乗中の重男がいずれも同日死亡したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告利勝及び同照代は高平の権利を二分の一宛相続した父母であり、原告昌律及び同瀧子は重男の権利を二分の一宛相続した父母であることが認められる。

2((被保険自動車の譲渡(抗弁(一)項)))

実質上の所有者である曽根英明が本件自動車を被告主張のとおり高平に譲渡したこと(抗弁(一)項の事実)は当事者間に争いがなく、<証拠>(自家用自動車保険普通保険約款)によれば、約款六章五条一、二項は被保険自動車が譲渡された場合でも、保険契約者から譲受人に保険契約上の権利義務を譲渡する旨の承認裏書請求があり、これを保険会社が承認しない限り、当該保険契約によつて生ずる権利および義務は譲受人に移転せず、保険会社には譲渡後に当該自動車について生じた事故に対して保険金の支払い義務はない旨規定していることが認められる。ところで、商法六五〇条は保険の目的物を譲渡したときは同時に保険契約によつて生じた権利をも譲渡したものと推定する旨規定し、一般に右規定が自動車保険契約における被保険自動車の譲渡の場合にも準用ないし類推適用されるべきであると解されるが、自動車保険契約において従来から保険契約者が保険期間中途に被保険自動車を買い換える場合、代替車について無事故割引の資格を維持し割り引き率の累積の利益を受けるため保険契約上の権利義務については譲渡しないでいわゆる車両入替(同章六条)を行うことが通常であることや被保険者の個性も無視できない契約であること等に鑑み、前記約款条項は商法六五〇条の準用ないし類推適用を排除して契約当事者の合理的意思に合致させ自動車保険の実状に添うように定めたものであつて有効と解すべきである。

そうすると、本件自動車が譲渡された後に発生した本件交通事故については被告は保険金の支払い義務を免れることとなる。

3 譲渡契約の取消(再抗弁)

(一)  <証拠>によれば、高平の法定代理人母原告照代は昭和五六年九月一二日午後九時前、曽根英明からの電話で本件売買契約がなされたことを知り、同人に対し、高平が一八歳の未成年者であつて、大学受験を控えていることを理由に「車を買う気は一切ないから車を引き取つてほしい」旨申し入れたこと、原告照代はこの直後に帰宅した原告利勝に右事情を報告したところ同人も同じ意向であつたことが認められ、<証拠>中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  そこで、自家用自動車保険契約の締結された被保険自動車の譲渡により保険会社が保険金支払い義務を免れることとなつた状態から当該自動車につき再び元の保険契約上の効果が回復された状態に戻るためには単に譲渡契約取消の意思表示及びその到達だけで足りるのか、さらに右に加えて現実に当該自動車が返還され、これに対する事実上の支配が回復されることも要するかにつき検討する。

(1) まず約款六章五条一、二項にいう譲渡の解釈につき考察するに、右条項にいう譲渡とは単に売買などの契約が成立しただけでは足りず、さらに現実に自動車を引き渡し譲受人が自動車に対する事実上の運行支配を取得することをも要するものと解するのが相当である。すなわち被保険自動車の譲渡により保険契約の効力が停止され保険会社が保険金の支払い義務を免れる旨規定(同条二項)したのは、当初予定された記名被保険者が保険自動車の運行について保険契約による保護を受ける利益・必要性を失うためであり、被保険者が右利益・必要性を失う時期は、自動車保険の中核である対人賠償責任発生の前提要件である被保険自動車に対する運行利益・運行支配の喪失をもたらす時点であつて現実の引渡しの時であると解され、そう解することが契約当事者の合理的意思を考慮し自動車保険の実状に合致するよう創設された右条項の趣旨に添うことになるからである。

(2) 右解釈を前提とする場合、譲渡契約の取消により、保険契約の効力が停止され保険会社が保険金の支払い義務を免れる状態から再び元の保険契約上の効力が復活し保険会社が保険金を支払わなければならない状態に戻るためには、被保険自動車に対する運行利益・運行支配が回復して初めて保険契約による保護を受ける利益・必要性が復活するから、単に譲渡契約取消の意思表示及びその到達だけでは足りず、これに加えて譲渡人に現実に当該自動車が返還されこれに対する事実上の支配が移転回復されることをも要すると解すべきである。

(3)  以上のとおり、譲渡により停止した保険契約の効力が復活するためには、譲渡契約の取消の意思表示及びその到達だけでは足りず、これに加えて現実に当該自動車が返還されることをも要するところ、本件全証拠によるも買主である高平が売主である曽根英明や記名被保険者曽根きよみへ本件自動車を現実に返還した事実を認めることはできない。

そうすると、譲渡人である曽根英明らが本件自動車に対する現実の支配を回復したとは認められず、原告照代が被告に対して本件売買契約取消の意思表示をし原告利勝がこれを追認したことが認められたとしても、譲渡により停止した本件保険契約の効力は当初の当事者間に復活していないといえるから、その余の判断をするまでもなく右保険契約の効力が復活していることを前提とする原告らの請求はいずれも理由がない。

二よつて、原告らの請求はいずれも失当であるからこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官吉田秀文 裁判官下方元子 裁判官熱田康明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例